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東京高等裁判所 昭和39年(ネ)836号 判決 1967年3月09日

第八三六号事件控訴人・第八七八号事件被控訴人(第一審被告) 河野宗一 外二名

第八三六号事件被控訴人・第八七八号事件控訴人(第一審原告) 関東研磨材株式会社

主文

原判決を左のとおり変更する。

第一審被告らは第一審原告に対し別紙<省略>第二目録(カ)および(ヨ)記載の各土地ならびに別紙第五目録記載の建物を明け渡せ。

第一審原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告訴訟代理人は、昭和三九年(ネ)第八三六号事件につき控訴棄却の判決を求め、同年(ネ)第八七八号事件の控訴の趣旨として「原判決を左のとおり変更する。一、第一審被告らと第一審原告との間において、別紙第一目録および同第二目録(ワ)記載の各土地につき、第一審原告を借主、第一審被告らを貸主として、第一審原告の工場設置を目的とし、期間の定めなく、賃料は一ケ月二、五〇〇円ずつの金額を毎年盆暮の二回に第一審原告の事務所において支払うとの定めにより、昭和二六年一二月中に成立した賃貸借契約が存在することを確認する。二、第一審原告に対し、第一審被告河野日出雄は別紙第四目録記載の各建物を収去し、第一審被告河野宗一および第一審被告河野富士雄は同各建物から退去して、それぞれ別紙第一目録および同第二目録(ワ)記載の各土地を明け渡せ。第一審被告らは第一審原告に対し別紙第三目録および同第五目録記載の各建物ならびに同第二目録(ヲ)(カ)(ヨ)記載の各土地を明け渡せ。三、前項のうち、第一審被告らに対する別紙第一目録(ル)(ヌ)(ト)、同第二目録(ヲ)記載の各土地中原判決別紙第五図赤斜線部分(以下図面については原判決別紙第一図ないし第五図を引用する)の明渡の執行が不能のときは、第一審被告らは連帯して第一審原告に対して金五、二五〇、〇〇〇円を支払え。四、第一審被告河野宗一および第一審被告河野富士雄は第一審原告に対し金二、四四八、六〇〇円およびこれに対する昭和三二年九月五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決ならびに第二項および第四項につき仮執行の宣言を求め、

第一審被告ら訴訟代理人は、昭和三九年(ネ)第八三六号事件の控訴の趣旨として「原判決中第一審被告らの敗訴部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決、同年(ネ)第八七八号事件につき控訴棄却の判決をそれぞれ求めた。

当事者双方の事実上および法律上の主張ならびに証拠関係は、当審において

第一審原告訴訟代理人は、「別紙目録記載の各土地建物は、現在第一審被告ら三名とともに、訴外角三工業株式会社(代表者第一審被告河野宗一)がこれを占有しているため、第一審原告が第一審被告らに対して本件明渡請求に勝訴しても、その執行が不能に終わるおそれがあり、その場合には、第一審原告は、土地についてはその借地権価格に相当する一坪当り三五、〇〇〇円を下らない損害をこうむるというべきであるから、右執行不能の場合を慮り、その損害額のうち、原判決で明渡請求を認容された部分である請求の趣旨第三項記載の部分一五〇坪の土地に対応する金額五、二五〇、〇〇〇円の支払をあわせて請求する。」と述べ、

(立証省略)………

ほかは原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

理由

一、賃貸借契約存在確認ならびに賃借権に基づく土地建物明渡請求について

(一)  別紙第一目録(イ)(ロ)(ハ)記載の各土地が第一審被告河野宗一の、同目録(ニ)(ホ)(ヘ)記載の各土地が第一審被告河野富士雄の、同目録(ト)(チ)(リ)(ヌ)(ル)記載の各土地が第一審被告河野日出雄の、別紙第二目録(ワ)記載の土地が国の各所有に属すること、別紙第一および第二目録記載各土地(以下本件土地という)上に第一審被告日出雄所有の別紙第四目録記載の各建物が存在し、第一審被告宗一および同富士雄がこれを使用して、第一審被告ら三名において右土地を占有していること、別紙第三目録記載の建物が第一審被告日出雄の所有に属し、別紙第五目録記載の建物が第一審原告の所有に属し、いずれも第一審被告ら三名においてこれを占有していることは当事者間に争いがない。(以下、別紙各目録記載の土地建物は同目録表示の(イ)ないし(ヨ)および(1) ないし(18)の符号をもつて表示する。)

(二)  昭和二六年一二月ころから昭和二七年三月ころまでの間に、第一審原告と第一審被告宗一との間で、その範囲は別として本件土地の一部につき、期間の定めのない賃貸借契約が締結されたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第三号証、第一〇、第一一号証、乙第二号証、真正に成立したものと推認される甲第六号証の二、第七号証、原審における第一審原告代表者本沢幸作および第一審被告本人河野宗一の各尋問の結果(各第一回、ただしいずれも後記信用しない部分を除く)、原審(第一、二回)および当審における各検証の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すると、第一審被告宗一は、従前その所有の(1) の建物に居住し、(ト)(ヌ)の南側の一部および(チ)(リ)の各土地をその敷地庭園等として使用するほか、本件土地の全体に散在する同人またはその子の第一審被告富士雄、同日出雄ら所有の鶏舎においてかなりの規模の養鶏業を営み、かつ、その余の空地を果樹園、田、畑等として耕作していたが、第一審原告代表者本沢幸作が第一審被告宗一の甥である関係から、(ル)の土地および一部(ヌ)の土地に跨つて存在する、もと鶏舎であつて当時使用していなかつた(2) (3) の建物を第一審原告の研磨材精製の工場として利用させることとなつて、右賃貸借契約に至つたこと、したがつて右賃貨借は、(2) (3) の建物を主体とし、ここにおいて右業務を営むのに必要なその敷地とその周辺にわたる土地を目的とするものであつて、当事者双方において土地の範囲はおよそ一五〇坪と了解し、右建物および土地をあわせて賃料は一ケ月七、五〇〇円と定め(ただしその支払の時期および方法を定めたものとは認めがたい)たが、第一審原告が前記第一審被告らの居住、養鶏農耕等に必要な範囲の使用を妨げない限度で適宜土地を利用してよい旨の了解を含み、明確に借地の境界を画するものではなかつたこと、かくして第一審原告は、第一審被告富士雄を同所における工場長として雇傭し、同宗一を相談役格で関与させて右工場を開設することにし、いずれも右宗一らの了承を得たうえ、原判決別紙第二図および第五図記載のとおり(ただし第二図中の建物等の位置はおおよその見当を示すものである)、まず、(2) (3) の各建物の周辺およびその北方の(ト)(ヌ)(ル)の土地にわたつてコンクリート製の水槽および排水溝を、(ル)(リ)の土地の境界附近に濾過タンク、堀抜井戸等をそれぞれ設置し、以後昭和二九年ころまでの間に順次、(3) の建物に接してその下屋風に建坪六坪の作業所一棟(第二図(10)の建物)、(3) の建物の北西側に(9) の倉庫、(ル)の土地の北部に建坪一五坪七合五勺の作業所(乾燥場)一棟(同図(8) の建物)、(ヌ)または(ト)の地上に工場従業員用の建坪五合の便所一棟(同図(7) の建物。ただし別紙第四目録(7) 記載の建物とは別物で、以下旧(7) と表示する)を新築し、(ヌ)(ト)の土地の北部に存在する建坪約一五坪の旧鶏舎一棟(同図(5) の建物)に約二坪の下屋風の建物(同図(11))を付設させて両建物を作業所兼倉庫として使用し、以上の各建物、設備およびその周辺の土地において前記研磨材精製の業務を行ない、さらに昭和二九年ころ、本件土地の西南側隣地((ホ)(イ)(ロ)の西側)に第一審原告の粉砕工場を設置してからは、これと(8) 建物との間の通行に(ニ)(ト)地の中央部の農園内の通路を利用することを第一審被告らから黙認されていたこと、他方第一審被告らは、右賃貸後も引続き(1) の建物に居住し、その北方にある(4) の建物、そのほか(ニ)(ハ)等の地上にある鶏舎で養鶏業を営み、その余の(ロ)(イ)(ホ)(ニ)(ト)(ヌ)(ル)の空地部分およびその北方の各土地で果樹栽培、畑作等を継続していたこと、以上の事実が認められる。この事実によれば、(2) (3) (5) の建物、(ル)の土地のうち北部の一部を除いた過半の部分、(ヌ)の土地のうち南西部と北部を除いた部分および(ト)の土地のうち中央部東寄りの若干の部分(すなわち右各土地のうち第五図のghijaの各点を結ぶ直線の内側の部分とその西側の若干の部分および(8) 建物の敷地部分)ならびに(ト)の土地のうち(11)建物の敷地部分につき、これらの所有者(ただし(5) の建物の所有者は第一審被告らのうちのいずれであるか明らかでない)であつて、第一審被告宗一により代理されていたことにつき当事者間に争いのない第一審被告日出雄および同宗一と第一審原告との間に、賃料の定めが前記のとおりの賃貸借が成立したものということができる。前掲代表者および本人の各尋問の結果ならびに原審証人浜田有基の証言中右認定に反する部分は信用することができない。

そのほか、第一審原告主張中、本件土地のうちの右認定以外の部分ならびに(1) (4) (6) の建物に右賃貸借が及んでいる事実を認めるに足りる証拠はない。

(三)  次に、第一審被告らの主張する、右賃貸借契約の合意解除の有無について検討する。

前掲甲第三号証、乙第二号証、成立に争いのない乙第三号証、第六、七号証、真正に成立したものと推認される甲第四号証、第五号証の一、二、原審(第一、二回)および当審における第一審原告代表者本沢幸作の尋問の結果(後記信用しない部分を除く)、原審における第一審被告本人河野宗一(第一、二回)、当審における同河野富士雄の各尋問の結果を総合すると、第一審原告は、前記のとおり本件土地西南隣に粉砕工場を設置して以後、これを順次増設拡張し、研磨材原料の粉砕から分離精製、乾燥、包装までの作業全部を同所で一貫して行なうことができるようにするべく計画し、周辺土地を買い受けるなどして建物建築等を進めていたところ、第一審被告宗一は、昭和三一年一二月末ころか昭和三二年一月ころ、第一審原告代表者本沢幸作に対し、自ら独立して本件土地で事業を始めたいとして前記賃貸土地建物の明渡を求め、これに対し、本沢幸作は、前記のような縁故関係からこれを拒むことができず、半年くらいの間に右拡張中の隣地工場(以下新工場という)へその進捗に応じて順次移転することを承諾したこと、第一審原告は、昭和三二年四月ころから七月ころまでの間に、右賃借地上における研磨材の製造途上にあるものの完成を急ぎつつ、次第に操業の規模を縮少し、(8) (乾操場)および旧(7) (便所)の各建物を収去して新工場の一角に移築したのを始めとして、右(8) および(2) (3) (10)の建物(工場)内にあつた乾燥機、分離機、粉砕機、淘汰管等の各種機械、電力設備、電灯設備、電灯配線その他各種備品器具等一切ならびに製品ないし原料の一部を新工場へ運びこみ、同年八月はじめまでには、右在来の工場での操業をまつたく廃止して(2) (3) (10)の建物を空屋とし、右賃借地には、第一審原告の所有しまたは設置した物としては、(9) (10)(11)の各建物、水槽、排水溝、濾過タンク、井戸ならびに水槽のうちに若干の原料ないし半製品を残すのみとなつて、同月下旬には第一審被告らにおいて右土地および建物を占有するところとなつたこと、なおその間において、同年六月ころには、第一審被告宗一の明渡要求が性急であつたことなどに原因して同人と本沢幸作との間に感情的そごを来たす状況となつたため、第一審被告宗一の弟訴外河野弥左衛門が仲介に入り、その提案で第一審被告富士雄に第一審原告の下請けとして本件土地で事業を行なわせることが検討されたが、その下請契約の内容につき合意が成立するに至らず、他方、同月中、本沢幸作は、第一審被告宗一に対し、なお早急に移転すべく努力するが暫くの猶予を乞う旨と作業所一棟、水槽および電灯設備配線の買取りを求める旨の意思を表示したこと、本件賃貸借における賃料は、同年八月中に同年六月分までの支払がなされたのを最後に、それ以後の分については、昭和三五年一月二八日に供託がなされるまで提供されることがなかつたこと、以上の事実が認められ、この事実によれば、右昭和三一年終りまたは昭和三二年初めころ、前項認定の賃貸借契約の当事者間に(第一審被告日出雄については同宗一が代理して)当該賃貸借を解除し同年七月ころまでに賃貸借の目的である土地建物の明渡しをする旨の合意がなされたものと認めるのが相当である。

前掲第一審原告代表者尋問の結果中では、新工場設置後も在来の本件土地における工場で別種の研磨材の製造を継続するつもりであつたと供述されているが、右のとおり機械設備一切さらに電灯配線までも撤去した事実に徴すればとうてい在来工場で操業継続の意思があつたものとは認めがたい。なおこの点につき、第一審原告が昭和三二年七月二九日に東京都南多摩地方事務所に提出したことがその書面上明らかな前掲甲第四号証、第五号証の二の建築確認および工場認可の各申請には、本件土地を工場敷地として表示しているが、右各申請は、もつぱら、事実上すでに実施中の前記新工場の増設および(8) の建物の移築を目的とするものと認められるので、いずれも右認定の妨げとなるものではない。そのほか右尋問の結果ならびに原審証人本沢弘の証言中以上の認定に反する部分は信用できず、他にこれを覆えすに足りる証拠はない。

(四)  以上の次第で、第一審原告主張の各土地建物の一部につき成立した賃貸借契約は合意解除により消滅に帰したものであるから、その確認ならびに賃借権に基づく土地建物明渡請求はすべて理由がない。

二、所有権に基づく土地建物明渡請求および代位による土地明渡請求について

(一)、(カ)(ヨ)の各土地、(9) の建物が第一審原告の所有に属すること、前記一、(一)記載のとおり第一審被告らが共同して右各土地建物を占有していることは当事者間に争いがなく、第一審被告らがこれを占有しうる権限については、その主張立証をしないところである。なお、仮りに、前記範囲の土地の賃貸借契約の締結に伴い、その余の右(カ)(ヨ)を含む本件土地全部につき、これを第一審原告と第一審被告らとが相互に共同で使用できるというごとき黙契があつたとしても、賃貸借の前記合意解除によつて、(カ)(ヨ)の土地に対する第一審被告らの共同利用の権限も当然に消滅したものとみるのが相当である。また、(9) の建物につき、第一審原告において、その敷地の賃借権を失なつたため、土地所有者ないし賃貸人らに対し建物収去義務を負うに至つたとしてもそのことは、建物自体の占有の返還を求めることの妨げとなるものではない。

したがつて、右各土地および建物の明渡を求める第一審原告の請求は理由がある。

(二)、(ヲ)の土地が官有地であることは当事者間に争いがなく、第一審原告は、これに対し有する借地権に基づき所有者に代位して、これを占有する第一審被告らに明渡しを求める旨主張するが、原審における第一審原告代表者本沢幸作の尋問の結果(第一回)に照らして真正に成立したものと推認される甲第一七号証および右尋問の結果によつて、第一審原告が、昭和三二年一一月ころ、右土地の管理者である多摩村長を通じ国に願い出て、前記一、(二)記載の本件土地内の井戸から新工場へ引水すべく地下に給水管を埋設するための無償使用の許可を得た事実が認められるにとどまり、それ以上に、地表の占有につき、第一審被告らに対してその存在を主張できるような請求権を取得したことを認めるべき資料はない。

したがつて、右土地の明渡を求める第一審原告の請求は失当である。

三、契約上の義務履行に代わる五、二五〇、〇〇〇円の支払請求について

前記一に認定したとおり、第一審原告は、第一審被告らに対し、賃貸借契約に基づき本件土地の明渡を求める権利を有しないものであるから、その執行不能の場合に賃借権の価格に相当する金銭賠償を求める請求が失当であることは明らかである。

四、不法行為に基づく損害賠償請求について

(一)、本件現場の写真であることに争いのない甲第九号証の一ないし四、原審証人矢部正雄、同浜田有基の各証言、原審(第一、二回)および当審における第一審原告代表者本沢幸作の尋問の結果(後記信用しない部分を除く)、原審における第一審被告本人河野宗一(第一、二回)当審における同河野富士雄の各尋問の結果ならびに原審における検証の結果(第一、二回)によれば、第一審原告が前記のとおり昭和三二年七月ころまでに本件土地上の一部の建物の収去、機械諸施設の搬出等をしたのち、第一審被告宗一は、(2) (3) の建物において、これを一部改築のうえ訴外角三工業株式会社名義により早急に研磨材製造の業を開始したいとして、同年八月中再三第一審原告代表者本沢幸作に対し、残りの水槽内の材料を搬出し水槽等を収去するよう請求し、その費用を負担してもよい旨申し出たところ、同代表者は、早急にこれを行なうことを諾したが、一向に実行する気配がなかつたので、ことを急ぐあまり第一審被告宗一、同富士雄らは、同月下旬ころ、(2) の建物の南側にあつたコンクリート製水槽のうち長さ八・八メートルにわたる部分と(2) (3) の建物の中間にあつた水槽の一部(その部分の大きさは明らかでない)を破壊し、その中にあつた研磨材アルカンサスおよびホワイトアランダムの加工中の材料(その数量および加工の程度はさて措き)を(ル)の土地北部の空地に、右水槽のトタン板の蓋を置いた上に山積みにして放置したこと、右本沢幸作は、右第一審被告らの行為の翌日か翌々日ころ、このように研磨材材料が野天に放置されてあることを目撃し、かつ、間もなく第一審被告宗一からその引取りを促されたが、これを収納搬出する等の措置を何らとることなく一ケ月以上を経過したため、右宗一は、右材料をドラム罐、麻袋等に納めて保管することとしたことが認められる。右第一審原告代表者の尋問の結果中右認定に反する部分は信用することができない。

(二)、第一審原告は、前記認定の賃貸借の終了により、第一審被告宗一、同日出雄に対し、所在の動産等を除去して本件土地建物中の占有部分を明け渡すべき義務を有していたものであるが、その義務が履行されないからといつて、右認定の経緯のもとで、第一審被告らが明渡請求権の実現のため、自力をもつて、第一審原告の所有占有する動産を勝手に搬出、移動させることが直ちに是認されるものではなく、ことに、本件のような研磨材は製品化された状態では、微粉をなし粒子の大きさ別に高い純度を保つことを要し、雑物の混入を嫌う性質のものであることは成立に争いのない甲第一六号証および弁論の趣旨から明らかに認められるのであるから、第一審被告宗一、同富士雄が少なくとも製品化の途上にある本件研磨材を野天にトタン板を敷いただけで雑然と山積みにし、風雨に曝し塵埃土砂等の混入を防ぎえない状態においたことは、その使用価値を減少させ所有者に損害をもたらす恐れが大きく、正当な行為とはいい難いところである。しかし、他面、右のとおり第一審原告においては、右研磨材を本件土地上から除去する義務を有し、第一審被告宗一から再三その引取りを求められて、速やかに行なう旨を告げていたのであるから、第一審被告らとしては、これを傍らの地上に取り出しておいても、第一審原告がその言葉通り早急にこれを引取りあるいは保管の措置をとるであろうと期待し、まつたく使用不能ならしめることまでは予想しなかつたであろうことが窺われ、第一審被告らがそのように期待したことに過失の責があるものとは認められないし、また、第一審原告代表者が間もなく右事実を知つたときに直ちに保管搬出等のため適当な措置を講じてその無価値化を防ぐのには何らの障害がなかつたものと認められるのである。

してみれば、本件の研磨材が第一審原告主張のとおりの品質、数量を有し、その主張のとおりまつたく使用不能となつたとしても、その損害は、第一審被告宗一、同富士雄の右行為の前後を通じて、第一審原告が賃借土地建物の明渡義務の履行のため、研磨材を、その性質に応じた注意をもつて搬出、保管することを怠つたことに基因するものというべきである。なお、第一審被告宗一、同富士雄の右行為ののち、第一審原告がこれを知つて直ちに研磨材を引取つてもなお免れなかつたであろう損害があれば、これについては、上述のところにかかわらず、その賠償を求めうベきではあるが、第一審原告の立証によつてはその有無および数額を確かめるに由がない。

そこで、第一審原告の右研磨材の使用不能による損害賠償請求(原判決別紙不法行為目録(1) )は、右以上に更に損害の有無数額につき判断するまでもなく失当である。

(三)、右(一)記載のとおり第一審被告宗一、同富士雄が水槽を被壊した行為が土地明渡を求めるための自力救済として是認されるものでないことは、右(二)と同様である。しかし、第一審原告においては、同様に水槽を収去すべき義務を有していたものであるところ、前掲甲第九号証の一、二、原審における検証の結果(第一、二回)、その他本件の各証拠に照らしても、右水槽の収去に際し、これを破壊せずにそのまま他へ移動させて使用できるものであつたことは明らかでなく、仮りに収去義務履行のためには破壊を免れないものとすれば、その損害は第一審原告において負担すべきことは当然であつて、その場合以上に第一審被告宗一らの破壊行為により損害が生じたとする事情は何ら窺われない。

そこで水槽に関する損害賠償請求(前記目録(2) )は失当である。

(四)  前掲甲第九号証の二、原審における第一審原告代表者本沢幸作の尋問の結果(第一回)、原審における検証の結果(第一、二回)によれば、右の破壊された水槽は、木の枠にトタン板を張つた、一枚が長辺六尺、短辺三尺の長方形をなす蓋で覆われていたこと、破壊された水槽の部分の蓋は残存していないが、破壊されていない部分の水槽には同様の蓋があつて、そのままそこに放置されてあり、これが右検証当時においては錆のため破損し使用不能となつていることが認められる。しかし、右残存部分の破損が第一審被告宗一、同富士雄の所為によるものと認めがたいことはもとより、残存しない蓋についても、同人らがこれを破壊もしくは遺棄して、通常破損すべかりし程度を越えて損害を生ぜしめないしは第一審原告の使用を妨げたというような事実を認めるべき証拠はない。

したがつて、右水槽の蓋に関する損害賠償請求(前記目録(3) )も失当である。

(五)  原審における第一審原告代表者本沢幸作、同第一審被告本人河野宗一(各第一回)、当審における第一審被告本人河野富士雄の各尋問の結果、原審における検証の結果(第一、二回)によれば、第一審原告が賃借地内に所有した前記(10)の建物は、第一審被告宗一から、同人がたまたま所持していた古い兵舎の木材の贈与を受けて、これを用い、粉砕機を覆うため、(3) の建物に附属した下屋風の張出しとして建築したものであること、第一審原告が賃借地上での操業をやめたのち、昭和三二年八、九月ころ、第一審被告宗一、同富士雄らにおいて右(10)の建物をとりこわし、そのあとに(2) (3) の建物に接続して、同日出雄所有名義の(15)の建物を建築したことが認められる。してみれば、第一審被告宗一、同富士雄の(10)の建物とりこわしの行為は第一審原告に対する不法行為たるを免れないが、第一審原告が敷地明渡のためこの建物を収去すべき義務を負つていることと右のとおり下屋風の附出しであつてそのままの移築が困難なものと窺われることを考えれば、そのとりこわしによる損害額の算定は材料の価格によるべきところ、この点に関する前掲第一審原告代表者の尋問の結果中に材料だけは坪当り二、三千円で買えるかもしれないとの部分があるが、格別の根拠が窺われないので直ちに信用できないし、他にこれを明確ならしめる証拠はなく、右のとおり兵舎の古材を使用したものであることをも考えれば、その額の確定はなしえないものというほかはない。

そこで、(10)の建物に関する損害賠償請求(前記目録(4) )も失当である。

五、結論

以上の次第で、第一審原告の本訴請求中、前記二、(一)に判断したとおり、第一審被告ら三名に対し別紙第二目録(カ)および(ヨ)記載の各土地ならびに別紙第五目録記載(9) の建物の各明渡を求める部分は理由があるからこれを認容すべく、その余の請求はすべて失当であつて棄却を免れないので、これと趣旨を異にする原判決をその旨変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条を適用し、仮執行の宣言はこれを付する必要に乏しいものと認めてその申立を却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 岸上康夫 田中永司 野田宏)

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